2006年09月13日

昨日で911から5年の歳月が過ぎましたね。

もう5年です。当時私はまだ高校2年だったか1年だったかで、偶然テレビをつけて、愕然としたのを覚えています。

あれは・・・自爆テロでしたよね・・・



私は、このような命の大切さを踏みにじるような行為に憤りを感じられずにはいられない。


少し話題はテロから離れて、・・・


この5年間で、一体何人の人間が、世界中でも、日本中でもいいのですが、病気や老衰でなくなったでしょうかね。いわゆる自殺とか、他殺で。


最近は若者の親の殺害事件もありますし、飲酒運転をして他人の命を奪うことも、同級生の命を奪い自殺する人間も・・・

私はオランダから日本に帰ったときから不思議に思っていました。


「なぜ日本ではこんなに多くの人間が死ぬのかと」


オランダでは殺人とか自殺のニュースをそんなに見た記憶はありません。まぁ記憶にない、もしくは報道していなかっただけかもしれませんが。
そして、日本にきて、毎日必ず人が殺されることに驚きを隠せませんでした。



あまりにも「命」が軽すぎるものになっていませんか??

「命の重さ」なんていうけどどうせきれいごと・・・きっとそう思う人も少なくないでしょう。
ただ、人の命を奪うということは、この世でできる最低のことそう思います。


人から命を奪うことは、その人のこの世界における全ての自由を無理やり誰の承認もなく奪い去ることです。

生きる自由を奪うのですから。

意志があり、目的があって生きる人間の生を強制的に終了させるのです。

強制的にですよ。

信じられません。


こんな社会、こんな世界だからこそ、「ゲド戦記」のような映画ができてもおかしくないですよね。

あれは「命の大切さ」というのは一つの柱であると思いますが。


その点、自殺も同じです。
自分が最悪の状態だから、もう死ぬしか道がないから・・・
私はまだそんな立場にたったことがないからこんなことは言えないのだろうが、私はこの世で最も最悪の状態、それが「死」であると思う。

「死」の後、どこにいくかなんか分からない。意識があるのかも何も分からない。ただ、一つ確実に確かなことは、「死」というものは不可逆であるということ。

死んだ人間で帰ってきた者はいない。


そして、帰りたくても帰れない。帰ってきてほしくても帰ってこれない。

それでも人々が自殺をしたりするのは大きな勘違いをしているから。

たとえ自分の学歴から家族から友人まで全てを失っても、最後まで失わないもの、それが自分の命。


人生をやりなおしたくなったらやり直せばいい。
ただ、コンピューターではないんだから再起動してもつかない。つまり、全てを白紙に戻したいからといって死んでも戻りはしない。

その時からやり直すんだ。


命ある限り、何度でもやり直せる。何度でもやり直すチャンスはある。

人の命を奪うのに人のも他人のもありません。



命を救う職業につく者として命の大切さについていろいろと考えてみました・・・
posted by ニックネーム at 01:48| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
5年前は中3だろ

というマジレス
Posted by 草米也 at 2006年09月13日 02:32
そうだっけね
そんなに若かったかw
Posted by 孔徳 at 2006年09月13日 14:37
やっぱ日本は、殺人とか事故とかの過剰報道もあるんじゃないかと思うけどね。
よく目につくように報道されるから日本が多く感じるのかもしれない。
まぁそれを抜きにしても、親を殺す子供も、その逆も信じられないけどね。
命の軽視というか、感情を抑えきれなくなってるのかも。歯止めがきかないというか。
Posted by 屑屋 at 2006年09月13日 18:06
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